久我 田鶴子


きかん気な少年が空を駆けてきて関八州はひさびさの雪

久々湊盈子 『麻裳よし』 短歌研究社 2019年

 

関八州にひさびさの雪をもたらしたのは、空を駆けてきた「きかん気な少年」だという。単なる北風だったら「寒太郎」かもしれないが、ひさびさに雪を降らせるほどの風ならば、その上をゆく奴。「きかん気な少年」の勝ち気で元気な顔が浮かんでくるようだ。そこにある作者と自然との親和関係。そして、一首は「駆けてきて」の勢いのまま、下の句に続く。

関八州は、関東八州。相模・武蔵・安房・上総・下総・常陸・上野・下野の8カ国をいう。「関東平野にひさびさの雪」でもいいのかもしれないが、ここはやはり「関八州」。「かんはっしゅう」の響きがいい。昔の国名が意識されているのも、時代がかっていて、なにか楽しい。

 

雪やみしのちのさみしさ叢竹むらたけがときおりばさりと跳ねる音する

 

こちらは、ひさびさの雪をもたらした「きかん気な少年」が駆け去ったあとの時間。アフターの歌だ。

叢竹の上に積もっていた雪が落ちて、その勢いで竹がばさりと音を立てて跳ねるのである。その音が間隔をおいて、ときおり聞こえてくる。ほかに音を立てるものがない中で、その音を聴き留めている作者の姿が想像される。

「きかん気な少年」が去った後だけに、余計に静けさやさみしさが募るのでもあろう。それは悪い気分ではない。安らかな充足感も伝わってくる。

この二首の、歌のテンポの違いには、その時の作者の心情がそのまま現れていて、そこも面白い。