永井 祐


曲線の屋蓋をくがいをもつ競技場ちかづきてまのあたり低き豊かさ

佐藤佐太郎『形影』

 

 

二回も休んですみませんでした。体調不良などではありません。
別の原稿がどうしても進まなくて休ませてもらいました。おかげさまで無事終わりました。
休みの分は、おいおい消化していきます。振替休日。有給休暇ではなく。

今日の歌はふたたび『形影』から。
前回、『形影』にあらわれるモチーフの話をしましたが、エスカレーターの歌はもう一首あります。

 

めぐりゐるエスカレーターに易々やすやすと大人のつれのなき子供乗る

 

たぶんこちらの歌のほうが有名なのですが、上手いですよね。子供がぽつんといるほんの少しの違和感をとらえるという感じでしょうか。情景がすごく浮かぶ。
彼はエスカレーターは得意っぽい。
モチーフというと、「アポロの月面着陸」というのもあります。1969年7月21日、おそらくテレビでみて作っている。

 

ただ白きかがやきとして人うごく永遠とはに音なき月のおもてに 

 

四首中の一首ですが、こちらは上手くはないですね。いつものシャープさがない。感動しすぎなのかもしれません。
彼は月面着陸は苦手だった。

今日の歌は、エスカレーターと月面着陸の中間くらいでしょうか。「競技場」というタイトルの小連作で、明記されてはいないものの、東京オリンピックに備えて作られた国立代々木競技場なのかなと思いました。
説明は難しいので、ウィキペディアか画像検索などしてもらうとして、歌にあるとおり屋根が描く曲線が印象的な建物です。建築家・丹下健三の代表作で名建築とされるもの。できて間もないそれを見に行ったという感じの連作です。

「まのあたり」は目の前。
近づいていくと、目の前に曲線のぐぐっと低くなっているところが広がったという感じでしょうか。そこに「豊かさ」という言葉を見つけた。
この歌は、歩いて見に行っている臨場感が伝わってきます。

「ちかづきてまのあたり低き豊かさ」って、けして整序された文ではなく、歌に入っていかないと何言ってるかよくわからないぐらいだと思うのですが、
歩くごとに視界が変化し、「低き」を感じることによって大きな曲線が心に描けた、というような、一人称の視点とモチーフの間のリアルタイムのインタラクションが書かれてように思います。
四句が10音でぐぐっと伸びているあたりも、「曲線」の感じが乗り移っているのかもしれない。普段よりちょっと苦労して言葉が出てきているような雰囲気が面白いです。

 

塵累の軽き境界とおもはねど宗教ののなき塔の形態

石だたみ広き歩場ほぢやうと黒き塔繁殖のなき安けさにして

 

連作には他にこんな歌がある。「宗教の香のなき」とか「繁殖のなき安けさ」など、建築のモダンな雰囲気を言おうとしてるんだと思うんですけど、やや頭で作った感想っぽい気がして、わたしは今日の歌が一番いいような気がします。