永井 祐


新年の一枚きりの天と地を綴じるおおきなホチキスがある

服部真里子『行け広野へと』

 

新年を紙にたとえる。
新年だからまっさらな白い紙でしょうか。
「天と地」は紙の縁語のようにして引っ張られてきて、同時に新年の、初日の出とかのイメージもあるのかな、天と地が思い浮かぶ。
そこにばちんと、ホッチキスが出てきて綴じられる。

「おおきなホチキス」とは何か。
まあ、たぶん深い意味はないというか、紙を綴じるからホチキスで、去年今年をばちんと区切るイメージ、天地が新生して一年はじまるよのメッセージを担ってくれるものだと思います。
綴じてはじまるっていうのもちょっと面白いですけど、
去年今年を改める何かとして「おおきなホチキス」というのは、嫌みのないユーモアを感じていいと思います。
ホチキスは日常的で、オフィスにあったりするようなものだから、そういうギャップもありつつ、文房具ってなんとなくかわいい感じがありますよね。
ホチキスなど特に、丸っこくて口をぱくぱくして、一つのことだけができる機械の動物みたいです。「ホッチキス」と言わずに「ホチキス」と言うとさらに。

この歌は新年詠と言えると思うのですが、
新年詠って、ほとんどジャンル化していて、昔の人は特に正月にたくさん短歌をつくる。

 

あらたまるこの一年の日も夜もわれのこころは安らかにあれ   佐藤佐太郎

 

前回までやった『形影』にもありますが、けっこう、そうなんだろうけど普通すぎるなっていうようなものだったりして。
また、近代歌人などはガチでナショナリスティックだったり、
退屈なものも多く、わたしはたいていアンチ正月みたいなもののほうが好きなのですが、
今日の歌は、奇想っぽいわりに意外と正面から大きなものを寿いでいる感じがして、
新年詠としてありだなと思えるめずらしい歌でした。

 

一筆箋切りはなすとき秋は来るくちから茱萸ぐみの実をあふれさせ  服部真里子