永井 祐


かじかめる手をば擦りつつ雪の日の水場までくだり来しソクラテス

小池光『静物』

 

前回と同じく『静物』から。
歌集では「四人」という小題がついていて、人物をテーマにした歌が四首並ぶ小連作の一首目になっています。
いきなり「ソクラテス」が主人公で出てくるのはちょっと唐突感あるかもしれませんが、本の中ではそういうていになっている。

 

信長がたほれしとしにわれなりて住宅ローン残千八百万

 

二首目は信長です。わりと大きいとこいく。
で、四首の中でこの「ソクラテス」は出色というか、印象的ないい歌だなとわたしは思います。
ソクラテスは言わずと知れた古代ギリシャの哲学者。
この歌はフィーチャーしている場面がいいですよね。
ソクラテスがかっこいいところというと、思い浮かぶのは、議論しているところとか、弟子に囲まれてるところ、あるいは何か閃いているところとか。
そうなんだけど、この歌はある朝(?)の日常的なソクラテスを描いている。
あーさむいさむい、みたいにして朝、手を擦りながら一人で水場に下りていく。
「雪の日の水場までくだり来し」、くわしくはわからないけど、ポリスの生活のありようとかもちょっと想像できたりとか、全体になんとも言えない情感がただよっている感じがします。

「ソクラテス」という人物の選び方もたぶん大事なところで、
信長の歌でわかるように、この人物連作は背後のテーマで年齢ということもあるみたいだから、ソクラテスというキャラクターが中年以降の男性のイメージを強く持っているところも大きい気がします。水場への下り方も若々しくなくて、それがこの歌の雰囲気を作っている。

ソクラテスって意外と日常性が似合うキャラクターなのかもしれません。
アテナイという都市と切り離せないところがあるし。
プラトンの対話篇を少し読んだくらいですけど、あの中には思弁じゃない部分もちょっと描いてあって、そういうところって妙に印象的で、なんかいいんですよね。
『饗宴』には、前日も飲み会だったことがちらっと書いてあったりして、なぜだかそういうところをずっと覚えていたりする。