幾百万突き刺さりくる線描の天のしぶきのサイゴンの雨

梅原ひろみ 『開けば入る』 ながらみ書房 2019年

 

工具を取り扱う貿易商社に入社し、ベトナムを担当した作者。赴任したサイゴン(現在のホーチミン)で受けたのは、まず雨の歓迎だったようだ。

スコールの激しさは、半端でない。「幾百万突き刺さりくる」という降り方だ。一首はここで切れて、「線描の」「天のしぶきの」と続く。この二つのフレーズは、結句の「サイゴンの雨」にかかる。読むときは、「線描の/天のしぶきの/サイゴンの雨」。5・7・7のリズムのままに、三句目と四句目がそれぞれに結句にかかり、そこに畳みかけるような弾みが生まれている。

「線描の天のしぶきのサイゴンの雨」に見る「の」の繰り返し。4つの「の」の繰り返しということだけに目を奪われていると、あるいは見落としてしまうかもしれないが、ここにあるのは単純な「の」の繰り返しではない。ちょっとした変化球が仕込まれている。そして、一首のダイナミズム。幾百万がひと束になって地上に突き刺さってくるようなサイゴンの雨になる。その勢いたるや、もの凄い!

こんな雨に遭ったら、一瞬にして全身ずぶ濡れだろう。でも、それもいっそ爽快か。遭ってみたい雨だ。

 

工具とふ愚直さはよし分解と組立手引きのヴィデオに飽かず

贈らるるアオザイはうすき緑いろ梢の高き並木道ゆく

タマリンドの葉影はやさし幼子を抱きあげて乗せるバイクの夫婦

 

日本から離れた地で、仕事を任されて働く女性の生き生きとした心と身体の動き。キビキビとした動きが歌のテンポにも現れていて、ベトナムでの生活に馴染んで、余裕を持って自分の力が発揮できていることも窺える。

贈られたアオザイを着て並木道をゆく嬉しさや、幼子を抱きあげてバイクに乗せる夫婦へのまなざし。そこには、海外にあって、自然体で仕事をしている人の頼もしさがある。

 

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