笹井宏之『ひとさらい』
いつも就寝前の二時間でこのブログを書きます。
選歌からはじめて二時間以内に終わらないとそのまま睡眠時間が減っていくという、一種のタイムアタックゲームみたいにやっています。
半年やっていたら、だんだんそのような方式に固まってきました。
どうでもいい話ですみません。
今日の歌は昔から好きな歌です。
はじめみたときは「歌手」の語がまず印象的だったかな。
ちょっと古い言い方で手ざわりのある「歌手」という言葉、
この歌の中ではとても効いている。「滝までの獣の道」を通って「歌手」になる。この取り合わせがぞくぞくする。
「滝」もきっと効いていて、道を走り抜けているんだけど、滝をくぐっているような感じもする。あの子は走り抜けてどこか向こう側へ行く。それが「歌手になる」ということ。返ってくる感じがしない気がします。
この何かをくぐり抜けて何かに変化するというストーリーが一首できれいに完結的に語られている。
真水から引き上げる手がしっかりと私を掴みまた離すのだ
同じ連作にこんな歌がありますが、
笹井さんの水のイメージって優しいばかりのものではない気がします。水から引き上げる手は私を掴んだり離したりする。
おなじように「滝までの獣の道」は「あの子」にいろんな経験を与える。だから、のんびり歩くのではなく走り抜けるのかもしれない。わたしは今日の歌のすこしこわいようなニュアンスが好きです。
最後に「なるのでしょうね」の言い方。
丁寧語で肯定的に同意するような独特の感じで、ここもやはり動かせない。「なるのでしょうか」だと不安で落ち着かず、「なるんだろうな」だと他人事すぎる。語り手のポジションの不思議さと、世界とのおだやかな関係が見える気がして、ここも好きなところ。
最初に読んだのがもうずいぶん前ですが、どきどきする感じが真空パックされているみたいで、古びないなと思います。