久我 田鶴子


お客さん旨さうに酒を飲むねえと〆鯖の上で褒められてをり

田村 元 『昼の月』 いりの舎 2021年

 

たぶんカウンター席で飲んでいるんだな。中で仕事をしている店主とたまに目が合ったりする。

で、声をかけられる。「お客さん旨そうに酒を飲むねえ」とは、ほんとうに酒を飲むのが好きで、一人でも誰かと一緒でも、気に入った肴と酒でご機嫌になれるのだろう。

この日の肴は〆鯖。「〆鯖の上で褒められてをり」と相成った次第。

「〆鯖の上で褒められてをり」とは、ちょっとひょうげた表現だ。山崎方代の歌に通じるようなところがある。

 

〆鯖のひかり純米酒のひかりわが暗がりをひととき灯す

 

もう一つ〆鯖の歌。生きの良い〆鯖に純米酒を身の内に入れながら、ひととき憂さも晴れるというもの。「〆鯖のひかり」「純米酒のひかり」に感謝である。

「わが暗がりを」というところに、酒に至る前の日常が覗く。けっこう大変なことを抱えているのかもしれない。

 

弁当の箱をかばんに仕舞ふとき口はご飯をまだ嚙んでをり

マッサージチェアに背中をつかせて四十の坂はゆつくり登る

うつむきて市道を行けば あめ、おすい、あめ、あめ、おすい 地に蓋をして

 

弁当をゆっくり食べる時間もないくらいの職場の忙しさなのか。弁当の箱をかばんに仕舞うとき、口はまだご飯を嚙んでいるというのが笑いを誘うが、妙にリアルでもある。

疲れれば、肩も凝るし、背中も張る。そういうときはマッサージチェアのお世話になり、背中を突っつかせる。そうやってゆっくり登る四十の坂だなんて、すっかり中年の姿。どうぞ笑ってくださいとでも言っているようだが、四十歳はまだまだ若い。

うつむいて行く市道には、「あめ、おすい、あめ、あめ、おすい」。マンホールの蓋に書かれている文字だ。蓋をされた地下には、雨や汚水を流す水路が張り巡らされ、市民の生活を見えないところで支えている。しょぼくれている感じだったが、俯いていたお蔭で、いつもは気にも掛けないでいたものに気づいたりもしたわけだ。

酒を潤滑油にしながら、戯画的に描き出されるサラリーマンの生活。おのれを笑いながら生きる姿勢は、かなりしたたかと見た。