久我 田鶴子


お互ひに聞かぬ言はぬの距離ながら白露の萩に解けてゐたり

中西 敏子 『呼子よびこ』 ながらみ書房 2021年

 

「お互ひに聞かぬ言はぬの距離」とは、近頃よく言われているソーシャルディスタンスとは別の、人と人との距離感を言っている。

お互いに、相手の生活や内面に深入りしすぎない人間関係。気になることがあっても、相手が言わないのであれば無理に聞こうとはしない。こちらのことも何でもかんでも言ってしまうということはしない。

気持ちの通じ合うところがあって、やんわりとお互いのことを思いやっているからこそ、程良い距離感が保たれている。

一緒に花を眺めても、ほうっと気持ちが解けているような時間をもつことができるのもそのせいである。

「白露の萩に(くろのぎに)」と、「は」音を重ねたところに生まれている気持ちの良いリズム。それはまた、花を眺めている二人が感じている気持ちの良さでもある。

白露は、二十四節季の一つで、秋分前の15日をいう。太陽暦では9月7日頃に当たり、秋の気配が漂いはじめる頃。朝のうちであれば、実際に露にぬれた萩の花を見ることができるだろう。

「お互ひに聞かぬ言はぬの距離ながら」、この「ながら」の働き。「……ではあるけれど」と逆説的に続けた先に、二人で共有した豊かな時間がそっと差し出される。

実に心憎い表現だ。二人の間には、他の人とではこうはいかないという繋がりがあるように思われる。

 

貶める人と庇ひてくるるひと夢の中にてこゑなく泣きぬ

やさしさの形いろいろ慰める叱る見守るひかりあまねく

 

「貶める」は、「おとしめる」。

身のまわりには、いろいろな人がいる。そして、「やさしさの形」もいろいろである。

 

お互ひに聞かぬ言はぬの距離ながら白露の萩に解けてゐたり

 

あらためて、こういう人が一人でも傍にいてくれたなら、どんなことがあっても前を向いて歩いていけそうな気がする。