一瞬で耳かきを吸う掃除機を見てしまってからの長い夜

公木正「ナイトクルージング」

 

(第六三回短歌研究新人賞次席作品から)

記憶に残っている歌。
上句も面白いですけど、下句の展開が特に印象的でした。

掃除機をかけていて耳かきを吸い込む。
耳かきは下に落ちていた。何かの拍子でそこに転がっていた。
このへん、生活感がある。
掃除機がものを吸い込む感じは独特で、埃とかじゃなくてそれなりに大きなものだと
強力な磁石に引っ張られるみたいにひゅっと吸い口に飛び込んでいく。
耳かきだと吸い口に引っかかって、とりあえず一回止めて外すんじゃないかと思うんですけど、
掃除機をかけながら上から見る映像としてはけっこうショッキングなものがある。

掃除機が思いがけず吸い込むものとしてほかに何かあるかなと考えると、
わたしは鉛筆とかボールペンが思い浮かぶんですけど、
やっぱり「耳かき」のが全然面白いですね。
白いふわふわ(梵天)がついてたり、先が耳をかくために繊細なカーブを描いていたりして。
あれが一瞬で吸われると、より理不尽な感じがする。

「見てしまってからの長い夜」
この下句のつけ方とおさめ方がとてもかっこいいように思います。
説明しがたいようなところですが、なんだろう、とりあえずちぐはぐな感じがしますね。
わたしが遭遇した小事件と、特に無関係に夜が長く続いていく。
上句と下句が、順接でも逆説でもつながらない。
夜はただそこにあって続いていくだけだった。そういう感じがして、この歌を読むと、とても静かで大きな夜の感触が浮かんでくる気がします。

韻律も関係していると思います。
下句は14音で音数はぴったりですが、微妙に句跨がりで読めない気がします。
「見てしまってか/らの長い夜」と句跨がりをくっきり取っていくと読みにくくなる。
77のリズムをちょっと外したような、自由律とか字足らずの雰囲気が残っている。
音数ぴったりだけど、気持ちいい句跨がりをキメていくのと全然違う韻律です。
細かいところですが、このリズムが下句のセンスと切り離せないものであるように思われます。

 

地べたへとレンチ的なものの音がしてしばらく静かな長崎県  公木正

 

同じ作者でちょっと似たフィーリングの歌。こちらは「長崎県」(テーマが「地元」なのですが)の漠然とした存在感が面白かったです。

 

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