放射線治療を待ちゐる父の指帽子の鍔を辿りてやまず

箕浦 勤 『酒匂川越ゆ』 いりの舎 2021年

 

息子に付き添われて放射線治療にやってきた父。治療が始まるのを待ちながら、脱いだ帽子の鍔を指でさすっている。

いや、「さする」ではなく、「辿りてやまず」と息子は父の指の動きを見ている。

膝の上においた帽子の鍔を少しずつ指で回しているのだろう。落ち着かない心のさまが、その指の動きに見て取れる。初めてのことに、途方に暮れつつ歩いているかのような、父のこころもとなさが「辿りてやまず」に滲む。

息子は父の指の動きに目を止め、その心の内を思いやりながら、何も言わずにただ傍らに寄り添っていたのだろう。

鍔のある帽子をかぶってきたことからは、普段と違った、やや改まった父の気持ちも汲み取れる。改まったと言うよりも、身構えたと言うべきか。

「診断書に記されし文字のcancerを古き辞書繰り調べをる父」という歌もあり、自らの病が癌であることを既に知っている父である。

 

入り婿の故なるや父の口重くさと山形の親を語らず

すててこに丸首シャツの父なりき背広仕立てる夏の仕事場

 

東京は本郷追分の仕立屋であった父は、夏はすててこに丸首シャツ姿で仕事場にいたという。入り婿であったためか、口が重く、山形の親のことを語らなかったともいう。そういう父が、放射線治療を待ちながら見せている姿。たんたんとした描写だが、それを見ている息子の思いが痛いほど伝わってくる。

そして、それからの父と息子の日々。

 

拉麵を茹でる息子の腕前を父は怪しむ隣の部屋で

ちやうどいいと言ひつつ麵を啜る父のなくなつてゆく残りの時間

寝床に坐し吾に髪の毛刈られつつ巧いぢやないかと病む父の言ふ

 

病の父を支えて、拉麵を作ってやり、髪の毛を刈ってやり……。懇ろな父と息子の時間があったことが、ちょっとした父の言葉からも窺える。

 

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