みりん甘くて泣きたくなつた銀鱈の皮をゆつくり噛む夏の夜

山下翔『温泉』現代短歌社,2018

 

わたしたちに身近な食にまつわる、けれど不思議な歌。

「みりん甘くて」とあるので、おそらく食しているのはみりん漬け。しかしながら、「泣きたくなつた」の理由はよくわからない。

語り手は「みりん」の風味が想定していたよりも強かったから、と述べているのですが、それがかれの情緒の繊細さを表しているのか、あるいは料理の失敗を指しているのか。

「ゆつくり噛む」とあるので、じっくりと味わっている、と解釈して、食材の美味しさに感動するあまり、という読みもできそうです。

いずれにせよ、悲哀なのか、疲労なのか、慈愛なのか、作中主体がどんな表情をして、しかも魚の身ではなくて「皮」を噛んでいるのかは謎のまま。

 

さらに、「銀鱈」はこの歌の中でゆいいつ濁音を持つ言葉として鎮座している。ここで、「銀鱈」以降の発話は必然的に「ゆつくり」になる。

作中主体の口の動きと、読み手の口の動きは時空を超えて重なり合うようです。

そのすべてを収束するかのように「夏の夜」が配置されている。

 

「銀」と「雪」の抱える字面に、この「夏の夜」が掛け合わされることによる錯覚の効果でしょうか、

そして「皮」は発音のうえでは「川」を彷彿とさせられ、そのみずみずしさは「夏の夜」にふりかかる。

「銀鱈の皮」はこの歌の中で、音韻の面でも、字義のうえでも、燦燦と煌めいているのです。

ぽやんとした内容のようでいて、実はとってもテクニカルな一首。

 

山下さん、昨日は拙作を読んでくださり、ありがとう。

雪の歌を選んでいただいたので、わたしも季節違いの魚の雪を。

 

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