恒成美代子『而して』(角川文化振興財団、2021年)
このうたを含む「彼方への記憶」という一連は、「二〇二〇年一月十九日 一年間の闘病の末、膵臓癌で死んでしまった夫」という詞書をもつ一首からはじまる。痛切な挽歌一連であり、ともに過ごしてきた歳月のこもった作品である。
そのおもたい一連にあって、今日のこのうたは、どことなくふっと軽い感じがあって、そのことがかえって胸を打つような一首である。ひとつまえに、
亡きのちのわれを案じて夫の書きし大学ノートの横書きの文字
といううたがあって、そのノートに書かれたことが、抜き出してある。ふたりで暮らしてやってきたことが、ひとりになるとできないこともおのずと出てくる。そういうときを、場面を、具体的に想像して、こういうときにはこうするといいよ、と、それはささやかなことかもしれないけれど、その「おもい」がうたには滲んでいる。
「出来ないことが/あったら電話して/頼みなさい」/西部ガスはた/九州電力
上の句の引用が生々しくその声をつたえながら、さっぱりとした下の句の七・七が、性急にも一首を閉じるようで、その簡潔、端的にこそ寂しさまつわる。西部ガス、九州電力の固有名詞が、いかにも実際的で真に迫る一首である。