鈴木 竹志『流覧』(ながらみ書房 2003年)
職場としての学校での一場面が生き生きと立ち上がる。
「先生たち」は時にだらしなく見える。忙しいのもあるけれど、突発的なことが起きて、何かの作業を途中で放り投げて別の仕事に向かうことも珍しくない。散らかしっぱなしで……。職員室の机の上も、きれいな人は本当にきれいだが、そうでない人は、書類や教材、いろいろなものでこんもりと層をなしている。そんなところを、用務員早崎カツが怒るのだ……。
この名前が抜群に良い。カツは「喝」であり、「勝」、「克」、「活」。意味の上でも強いが、破裂音の「カ」、破擦音の「ツ」と、音としても強い。
苗字「早崎」も、せわしない「早」、突き出す、険しいを意味する「崎」と、きびきび、せかせかするイメージを持つ。
しかし、一方で、「はやさき」の音感は、「は・や」の柔らかさと「さ」のさわやかさ、ささやかさを持っていて、何というか、きついばかりの人ではない。
大人になってみれば、しっかりと怒ってくれる人の存在はとても貴重だ。
そして、先生たちも、カツさんになら怒られてもかまわないような気がする。
「用務員」という立ち位置はとても魅力的で、教員が数的にも多数派を占める学校という場において、超越した存在としてある。遠慮せずにすっきりと物申すところを、先生たちは諾々と受け入れる、今日も。すいません~とか言いながら。
名前を詠み込んだ歌として思い出されるものに、
佐野朋子のばかころしたろと思ひつつ教室へ行きしが佐野朋子をらず
小池光『日々の思い出』
があるが、これも、学校が舞台である。
いろいろな人間がいて、その関わり合いの妙を感じさせる場。歌によって、会ったことのないその人たちが、くっきりと刻まれる。