加藤 英彦『プレシピス』(ながらみ書房 2020年)
分けあうのにふさわしい食べ物には様々あろうけれど、「雲のようなるクリームパン」 すてきだ。
週末にということは、いつもは母と一緒にはいられない状況なのだろう。週末に顔を見せ、一緒に食べられるのなら、何かを食べる。
母はもう、全盛期の食欲は持ってはいなさそうだ。パン、それも、一つ丸ごとは食べられない。
だから、分けあう。ふわふわの、甘い、うれしい気持ちになるクリームパンを。
一連には、
姉もわれもわからなくなり脳には小さく白い花ひらきおり
という歌があり、老いた母が、自分とは異なる世界を生き始めていることが判る。
古来、食べ物を分けあうことは、結びつきを深めることだった。クリームパンを分けあうことは、母の今いる世界を分けあうこと。「雲のようなる」ははかない母の世界の比喩でもある。それを「分けあわむ」という意思を、助詞「む」が、柔らかく、かつ、明瞭に押す。
かつて一緒に、クリームパンを食べたことがあったのかもしれない。おいしいねと言いながらの、子供のわたしと母の時間が。そんな母に、今度は自分が呼びかける。
愛、の示し方を思う。それはもちろん様々だけれど、「雲のようなるクリームパン」を分けあうというのは、かなり優しくてせつない。簡素な言葉、簡素な行為のなかに愛慕の情が満ちてくる。
「ふたりで」。ふたりだけの時間を。
こういう週末もある。
そして、クリームパンが食べたい。