魚村 晋太郎


杉花粉に荒るるのどより朝まだき美しきあかき痰は出づるも

酒井佑子『矩形の空』(2006年)

春らしさが実感できる頃になると、花粉症に悩まされる人も多くなる。
アレルギーの一種で、秋に飛散する帰化植物の豚草など、原因になる植物は人それぞれだが、2月から4月にかけて飛散する杉花粉に悩まされる人はやはり多い。

花粉症を詠んだ短歌は最近ではよく目にするが、一首のような趣の歌は珍しい。
だいたい人は、人の体から出てくるものを美しいと感じることが少ないのだが、血痰を美しいと感じたところに一首の新鮮さがある。

読んだとき、梶井基次郎のエピソードをすこし思い出した。「葡萄酒を見せてやらうか・・・美しいだらう・・・」と言いながら、吐いたばかりの喀血をコップに満たし、電灯に透かして友人の三好達治に見せたというあのエピソードである。
しかし、主人公の感受性は耽美主義者のそれではない。
結句に置かれた逆接の「も」には、老境に入りつつある自身の体から、鮮やかで潤いのある赤い痰が出てきたことへの、軽い驚きと感動が表れている。

歌集の時期、作者は重い病気で十一ヶ月間の入院生活を送ったという。
「鳩胸の鳩白木蓮ふくふくとこぞ見ざりけるものなれば見む」の一首は、退院後の春の歌だろう。
歌集全体を通して、自らの生命の危機を淡淡と見据える静謐な凄みが感じられる。
入院前の作と思われる花粉症の一首にも、その印象はしずかに満たされている。