江戸 雪


遠空に音なき雷が瞬きて人ひとり娶らんおののきを持つ

島田修二『花火の星』(1963年)

前回に引き続き、男性の「婚姻」の歌を。

「娶る」という言葉は、今やほとんど死語に近いようだ。〈女を取る〉という字のつくりはどういうことか。意味はひとりの女性と結婚する、ということなのだろうが、その背景に女性を妻に取る、嫁にもらう、などといった意識があるということなのだろう。
現代において、こういった感覚には違和感のある若者がおおいはず。男女が対等である結婚があたりまえなのだ。

ところで、この歌が読者にうったえてくるものは別のところにある。
それは、婚姻への「おののき」だ。
そのことは今も昔も何ら変わることはない。
ひとりの人間とともに生きるということは、相手の生をうけとめ、自分の生をうけとめてもらうということ。あたりまえのことだが、その「おののき」を引き受ける勇気はかんたんに持てるものではない。それは落雷が身を貫くような壮絶なものだ。
実際、相手の生をうけとめられたかどうかは、結婚して数十年もたたないと答えはないようで、イエスの答えが出るひとがどれだけいるだろう。

最近、「婚活」という言葉を耳にする。つまり結婚相手を見つける活動のことらしい。おかしな言葉だとおもう。貧乏でも気が弱くても、このひとと結婚したいとなりふりかまわず言ってしまいましょう。