『西方の樹』秋山佐和子
歌われているのはMRI検査を受けている場面である。あの機器の中に閉じ込められた不安な、薄闇の時間の感覚を、「夜の河のはぐれほうたる」が「吸はれゆく」ととらえている。実際の体験ではあろうが、一首に夢幻のような雰囲気があるのは、「ほうたる」や「銀のドーム」という比喩によるためだろう。その時の「はぐれほうたる」とは、むろん作者のいのちの火である。おそらくMRIの中で、作者は「夜の河」をただよい「吸はれゆく」自身の生命の火を、哀しむように、懐かしむように眺めたのである。蛍はいうまでもなく、古くから命や魂のシンボルであった。この歌ではそれを現代ならではの医療機器の時空に放って、じつに印象鮮やかである。この歌集には作者自身の病をふくめて、肉親の病と死が、そして挽歌が多く収められている。二〇二三年刊行の第九歌集。