みづからを思ひいださむ朝涼し かたつむり暗き緑に泳ぐ

『紡錘』山中智恵子

雨のあがった朝であろうか、「朝涼し」という言葉が、まさしく清涼感のある初夏の季節感を伝えてくる。その感覚を通して、「みづからを思ひいださむ」と新たな自らを見出だそうとしているようだ。目の前には「かたつむり」があたかも眠りから目覚めたように、葉の上をゆっくりと動いている。「泳ぐ」といったのは、その這う様子をとらえたものだろう。かたつむりは、陸に棲む巻貝の一種だが、でんでんむしとかまいまいとか呼び名もさまざま。独特な形態や動きの面白さから子供にも大人にも人気があり、童謡や『梁塵秘抄』などによってもよく知られている。また湿気を好み、乾燥期には殻の中に閉じこもってしまうことから、歳月や記憶を眠らせている生き物と喩化されることもある。この歌のかたつむりも、「みづからを思ひいださむ」や「暗き緑」という言葉と重ねられることによって、何かの象徴性を帯びているようだ。作者の中には、目の前のかたつむりとともに、自らの内に眠っていた時間が動きだしたのかもしれない。一九六三年刊行。

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