おほははの母音のひびきゆるやかに蛇行してくる熊野川原かははら

 『ねむりの果て』小谷陽子

 熊野川は奈良県、和歌山県、三重県にわたって流れる一級河川。下流の流域には熊野本宮大社や熊野速玉大社がある。この歌は「紀の国」という一連の中にあるので、熊野本宮大社のあたりの川原でのものだろう。熊野川の川の響きを「おほははの母音のひびき」と歌って、熊野川に〈母なるもの〉の時間の古さと豊かさを感受していることは明らかだろう。川の響きはあくまでも「ゆるやかに」、しかも作者の方に「蛇行してくる」とある。あたかも「母音のひびき」が「ゆるやか」な川の「蛇行」を導いているかのようだ。そうして自然の風景と言葉の源を結ぶところに、この作者の世界観があるのだろう。「川上に人のものいふ息の緒の紺のつゆ草しろがねの鳥」という歌でも、川上に「ものいふ息の緒」を聞き取っているが、「紺のつゆ草」と「しろがねの鳥」もまた、その息の緒のあらわれだろうか。二〇一九年刊行の第三歌集。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です