丘の上を白いてふてふが何かしら手渡すために越えてゆきたり

 『迦葉』山崎方代

 白い「てふてふ」が、「何かしら手渡すために」丘の上を越えて行ったと歌われている。「何かしら」の中身は告げられていないが、白い蝶々が手紙であるかのように、あるいは誰かの言づけを伝えに行くかのように見えたのであろう。蝶々には、古くからメッセージをもたらすものというイメージがあるようだ。この歌の蝶の情景には明るさとともに、寂しげな雰囲気がただようが、それは蝶の白さの故なのか、あるいは丘を越えて行ったことによるものなのか。方代は一九八五年のこの年、入院や通院を繰り返し、八月に再び入院して後、十九日に死去している。この一首はおそらく病床の作であり、いのちの終焉を十分予感してのものであろう。それゆえ、方代の見つめているこの「てふてふ」には、自らの魂を誰かに「手渡す」という思いが込められていたのかもしれない。その思いが白い蝶となって丘の向こうへ越えて行く姿が、わたしの目に焼きついて離れない。『迦葉』は一九八五年刊行の遺歌集。

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