『土と人と星』伊藤一彦
月の光を受けている芒群の情景をこのように詠む。月やその光に対して鋭敏な感受性と思想を持っている伊藤には、記憶に残る月の歌が数多くあるが、この一首もまた忘れがたい。作者は月光の中の「芒ら」の情景を見ながら、そこには「死と生に断絶」が無いことをあらためて直感したのであろう。生死の境界を意識するのは人間だけであって、芒にも月光にも死と生は一つらなりのものであるというのである。一、二句の思考の言葉は硬いようだが、その後では芒群を「芒ら」と人のようにとらえ、また月光の「水のごとくに」という比喩もやわらかい。自然の本然の姿をとらえたこの作者ならではのコスモロジーをそこに見ることができる。それにしても「水のごとくに月光を享く」という芒の光景は美しい。この歌の次には「空つぽの一升瓶を庭に出し一晩ぢゆうを月光呑ます」という一首がつづく。月光を口いっぱい詰めこんだ一升瓶とはまた、この作者の本然の姿でもあろう。二〇一五年刊行。