/柳澤美晴『一匙の海』(本阿弥書店, 2011年)
無人島は厳しい場所だ。すべてを自分で切り開かなければならない。「森を拓(ひら)け」という啓示は、自然に従えば生き延びられるという甘さを許さない。
ここで言われる「森」は、歌の歴史や伝統というよりも、視界を遮る木の密度、足場の不確かさ、そして畏怖の比喩だろう。定型という島の内部には、すでに森が生い茂っており、それは容易に見通せるものではない。歌人は、その森の中で自分の領域を作らなければならない。
この感覚は、歌集の後書きに書かれた柳澤自身の定型観とも重なっている。
言葉と真剣に切り結び、定型内部に風圧を生むことで舞い上がる鳥。私は、うつくしい航法を守りたい。空から見る空の色を知るために、表現の水際に立ち、定型に抗いながら、傷を晒しながら、しかし、毅然と前を向いて私だけの律動を刻みつけたいと思う。
「あとがき、あるいは空の律動」
柳澤にとって定型は、守るべき枠ではない。抗い、傷を負いながら進む場所である。定型は「使う」ものではなく、格闘する対象として立ち現れている。
柳澤の定型の歌には、〈現在〉がはっきりと感じれとれるものが多い。
国道に肢ほそく立つ鹿の目の葡萄のように潤みていたり
早春のカムイコタンにかかる霧 生家は常に異郷であった
/柳澤美晴
これらの歌では、読者はある一点の〈現在〉に立たされる。
一首目では、「国道に肢ほそく立つ鹿」という視覚的な把握が、そのまま〈現在〉の座標となる。こちらをじっと見つめる鹿の目を「葡萄のように潤みていたり」と凝視する視線は揺れず、読者はその凝視の時間の緊張感を共有することになる。〈現在〉が定まっているからこそ、視覚的な把握は「潤みていたり」という時間が継続する感覚へと変わる。二首目では、「早春のカムイコタンにかかる霧」という視覚的なイメージが、詩的飛躍を伴いながら「生家は常に異郷であった」という〈現在〉からみた回想に重ねられる。
- 視覚・空間の把握:立っている鹿(全体)→ 鹿の目が潤んでいた(部分)
- 時間の把握:立っている鹿(時間の基準点=〈現在〉)→ 鹿の目が潤んでいた(〈現在〉から見た完了・継続)
どちらの歌にも空間と時間、異なる次元の感覚がある。柳澤の歌が明瞭なイメージを読者に届けるのは、一首の中で空間と時間が立体的に組み合わされるからだと思う(違う次元の掛け合わせを「立体」というのは無理があるので「立体的」とした)。その瞬間の視覚的な空間の把握に、わずかな時間の動きが独特の奥行きを作り出す。
気の済むまで野原を駆けたなら犬よ天使の骨をくわえて帰れ
/柳澤美晴
犬よ いくつもある墓碑に書かれている文字のどれ一つとして読めず震えている夜
/野村日魚子
同じ「犬よ」のフレーズがある歌を選んだ。柳澤の歌では、「駆けたなら」「帰れ」とあるように、歌全体が「犬」への呼びかけとして構成されている。「うたう」行為の中で立ち上がる〈現在〉は、犬に向けた呼びかけとして最後まで持続する。
一方、野村の歌では「犬よ」という呼びかけは冒頭に置かれているものの、その呼びかけは歌の途中で役割を終えてしまうように感じられる。「犬よ」は以降のフレーズを起動させるための呪文のように置かれ、言葉の流れは最終的に「夜」の感覚へと収斂していく。結句の七音の体言止め「震えている夜」の印象がきわめて強い。
この違いは、歌の中で〈現在〉がどのように扱われているかという点に深く関わっている。
門坂崚は「『私性』試論」において、短歌の「うたう」とは、五七五七七の定型のリズムによる反復が「積極的に『私』を『今』に生起させようとする」と述べている。そして野村の歌について、〈今〉の地平にない死者の世界(ここではないどこか)へ向かうために、定型を逸脱するのではないかと論じた。死者の世界を名詞から読み取るならば柳澤の「天使の骨をくわえて帰れ」というフレーズも死者の世界との交感を図る歌と読めると思う。そうするとこの二つの歌にある違いはなんなのか。
ここで、門坂の定型感を踏まえながら、私なりに〈現在〉について整理しておきたい。
例えば今からあなたが「コーヒーを一口飲んだ後に一首を読み、読み終えた後に息を吸った」としよう。この間に起こった短歌を「うたう」行為によって、五音七音の反復と小休止を含みながら、十秒ほどの連続した短い時間の流れが生まれる。現実世界に流れる時間系の現在を歌の外部の〈現在〉と呼ぶことにする。
一方で、歌の内部(=「うたう」ことで読者が感じ取る現実とは異なる時間系)にも〈現在〉がある。「北海道の国道で車を停めて鹿を見ていた〈過去〉を宿泊先のホテルのデスクで思い出している〈現在〉から回想する」とすると、先ほどのコーヒーを飲んだ後の〈現在〉とは異なる〈現在〉の基準点が現れるが、歌を読み慣れている人であればこの二つは分裂しないだろう。
歌の内部の時間系の〈現在〉において過去を回想する場合、内部と外部の〈現在〉がそれぞれ一つに保たれている限り、内部と外部の〈現在〉はぴたりと重なり合い、読者は歌の内部の時間系にある仮想の現実を追体験することができる。「うた」の終わり四句と結句の七音の同音数の繰り返しが歌の内部の〈現在〉を閉じる記号となるが、外部=現実世界は時間が続くため、残響のように歌の余韻が残り続ける。
柳澤の歌では、内部の〈現在〉の基準点は一貫して常に一つである。「犬よ」の呼びかけの時間は途切れずに持続し、読者は歌の内部に留まり続けることができる。
それに対して、野村の歌では内部の〈現在〉を保つ感覚がきわめて薄い。断片的にあわれる定型のリズムによって〈現在〉の存在はかろうじて感知できるが、その〈現在〉の時間の前後の流れが曖昧なため、歌の内部の〈現在〉は現実から少しずつずれていき、浮遊するような現実離れした世界にいるような感覚が生まれる。野村の歌が幻想的に感じられるのは、この独特な時間感覚からくるものだと思う。
歌の内部の〈現在〉の基準点が「今a」「今b」のように断続的に移動したり、時間の間隔が大きく空いたりすると、外部と内部の〈現在〉にずれが起こり〈現在〉がわからなくなる。ずれを戻そうと思う疼きが、断片的な五音七音のフォルムへの復帰によって鎮められる。この往還によって、〈現在〉のずれはずれのままとして残りつつ、曖昧な時間意識の中で詩の言葉をつかもうとする感覚をリアリティ(実感)を持って読者に渡すのではないか。
定型は無人島かな 生き残りたくばみずから森を拓けと
柳澤の短歌観では定型は生者が訪れる場所であった。比べてみると、野村は〈今〉から離れるために定型から逸脱するというより、そもそも〈現在〉の基準点を保とうとする感覚がないのではないか。それは、生と死の二元的な考えから離れたカオスな思想にも思える。生と死は「口語と文語」「反定型と定型」にも置き換えられるだろうか。これら近代以降の短歌史の中で繰り返し行われてきたき振り子の両端の行き来する宿命から、野村は逃れているように見える。
振り子の比喩を使うなら離れようとすればするほどもとの近代短歌の範型の存在感は強くなる。定型ではない・文語ではないといった、既存の体系への反動は結局は定型を強固に延命するものであった。〈私性〉・反〈私性〉の対立も同じような性質があるだろう。短歌観の対立構造によって短歌の近代は続いていた。野村の歌から読み取れる短歌観は、近代のあとに位置づけられるポスト近代短歌観である。これを対立構造から降りた(あるいは対立構造を意識しない)短歌観とすると、野村だけでなく幅広い歌人をそこから語ることができそうだ。
しかし、その前に短歌の近代の最後はどこだったのか気になる。もう少し考えてみたい。
