菊の花舗道にそひて咲きあふれかをれる垣の継ぎてあらはる

『卓上の灯』窪田空穂

 この菊の花はおそらく小菊の花だろう、秋の季節の垣根などに色とりどりに咲きつづけて目を楽しませる。いかにも秋の深まりを感じさせる景色だが、歌でも「舗道にそひてあふれかをれる垣」とあるので、咲き匂う菊の群を歩きながら目にしているのだろう。「継ぎてあらはる」という言葉に、花垣がつづく穏やかな人の暮らしを喜ぶ目が感じられる。しかし、ここに歌われている景色は近年のものではない。「小石川台」と題がついた昭和二十三年秋のもので、戦後の復興がやっと緒につき始めたばかりの東京の風景である。次の歌には「焼跡に小き屋つくり菊の花多く咲かせてたのしめる人」と詠まれているので、貧しく、乏しい戦後の家並も想像できる。そして心を打たれるのは、そのような暮らしの中でも人は花を咲かせるということである。いやおそらく、乏しい日々であればなおさら人は花を求めるのだろう。秋の小菊はそういう暮らしに相応しい、いわば人とともに生きる花のようである。一九五五年刊行。

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