電車内トノサマバッタの跳ねていてほのぼのとなる立冬のこころ

『春の野に鏡を置けば』中川佐和子

 乗っている電車の中をトノサマバッタが跳ねているという。市街地ではめったにないことであるが、次の歌には「車中にてわたしの手帖にとまりたり頭でっかちトノサマバッタ」とも歌われているので、作者は吃驚しながらも、久し振りの出会いに思わず心が弾んだのだろう。バッタは「わたしの手帖」を離れてから、しばらく「電車内」を跳ねていたらしく、作者の心を「ほのぼのと」させていたようだ。その中で、折から今日は「立冬」だと気づいたのだ。車内でも手帖を開いているような時間に追われる暮らしの中で、ただ一匹のトノサマバッタが知らしめた季節の移り。それは大きくいえば、人の社会を囲んでいる自然というものの気配に、ふと心が蘇ったということでもあろう。「立冬のこころ」とは、そういう生きることへの新鮮な気づき、と言い替えてもいいのだろう。二〇一三年刊行の第五歌集。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です