『ひたかみ』大口玲子
歌集名の「ひたかみ」は「日高見」、古代の蝦夷地の一部である北上川の下流の地にあった「日高見国」のことであろう。大口は東京生まれだが、結婚後に東北に住むことになり、新たに体験するその地をういういしい感覚をもって歌いはじめる。たとえば「ひたかみと唇(くち)ふるはせて呼べばまだ誰にも領されぬ大地見ゆ」と歌うように、自身の「唇ふるはせて」呼ぶことによって、未知の地の霊を目覚ませるのである。掲出歌では、「白鳥の飛来地」という言葉で、土地と白鳥が結びつく豊かなイメージを呼び起こしながら、その地をあたかも生きている肉体のように息づかせる。さらに「隠したる」という擬人化した言葉は、いまだ踏み入れられない「東北」の地の、伝説的、神話的なイメージをも浮上させているだろう。それは古代的感覚でありながら、また意表をつくように新しい。二〇〇五年刊行の第三歌集。