スタンプを押されることをまぬかれた切手のやうに生きてゐた冬

『羚羊譚』山田富士郎

初句から四句までの比喩が、結句の「生きてゐた冬」にかかっている一首。長い比喩の伝える内容で成り立っている歌といっていい。この「スタンプ」は「切手」に押す消印だと思うが、「押されることをまぬかれた」とあるので、郵便局の人の手から危うく漏れた無傷の「切手」があり、その切手に自身の冬の日をかぶせているのである。「生きてゐた」と過去形なので、昔の回想なのか、この一年のことなのか、どちらともとれる。ともあれユニークな巧みな比喩で、直喩のような暗喩というべきだろうか。長々しいにもかかわらず言葉が胸に落ちるのは、「スタンプを押され」たように生きていると感じる人が多いということだろう。しかしこの歌での意味はもう少し微妙なようで、作者自身の生き方への諧謔もそこには滲んでいるようだ。作者は新潟の地から歌を詠む寡作、寡黙な歌人である。歌集名にある「羚羊」の一種のニホンカモシカは、古名をカマシシと呼ばれて日本の山地の森林に棲むが、いまや生息数が減って天然記念物であるという。二〇〇〇年刊行

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