けさ庭をよぎりし雪よ、洗ひ場の束子たはしけばのうへに積りて

『橡と石垣』大辻隆弘

 一つの情景が鮮やかに目に浮かんでくる一首。詠まれているのは、いささかの雪が降った後の朝の景色だが、「庭をよぎりし雪」という言葉で、時間の経過や、降雪の量などを簡潔に伝えている。さらに「雪よ」の「よ」によって、そこに作者の情感が籠っていることも知らせている。それを受けて三句以降は、雪の通り過ぎていった景色を映像として見せていて、ここも言葉に余分がない。つまり、「洗ひ場」「束子」「毳」など場や物を指す言葉を置いているのみであるのに、一つのまとまった情景が見え、「毳」の上の「雪」の色まで感じさせている。それは逆説的にいえば、たんに景だけを映しとって余計な思い入れの言葉がないからなのだろう。それゆえにこの情景は象徴的風景ともなりうるのである。「雪」を映像化された時間の比喩とすれば、「洗ひ場」は人間の生きる景色として見えてくる。あるいは、人の生きる景色に少しの痕跡を残しつつ、すべての時は過ぎていくという思いが見え隠れする。風景詠の深さといえるだろう。二〇二四年刊行の第十歌集。

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