一年の心洗うと酒酌まん今年別れし人をかぞえて

『呑牛』佐佐木幸綱

 佐佐木幸綱には、酒席や酒器をふくめて魅力的な酒の歌が数多くあるが、この歌を今年の最後の一首に選んだのは、これがちょうど四半世紀ほど前の今日、十二月三十日につくられたものだからである。『呑牛』は一年間、元旦から大晦日まで、毎日少なくとも一首の歌を詠むことを自らに課してつくり上げた歌集である。そこには自ずと作者を囲む時事や日常のさまざまがとり込まれ、その活力で歌集全体が躍動的になる。この酒の歌とともに置かれているのは「寒鰤の鰤の腹身に似合うべし唐津に若き大葉を置くも」という肴の歌だが、どちらも心情が明快な言葉と韻律の中に歌われていて、まことに心地よい。酒を酌みつつ一年を振り返り、今年別れた死者を偲ぶというのは年越しの歌の定形のようなものだが、その定形を真正面に歌う、いわばハレの歌の豊かさがここにはある。そしてまた、この作者ほどハレの歌が似合う歌人もいないだろう。短歌が〈私〉を中心に据えて歌い、読まれるようになって以来、歌は〈ケ〉の性質が強くなったといえそうだが、あるいは〈ハレ〉の歌こそ歌人の証なのかもしれないと、「日々のクオリア」の最後に佐佐木幸綱の歌を掲げつつ思ったことである。一九九八年刊行。

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