日高堯子『野の扉』
(雁書館、1988)
『野の扉』という歌集には、作者が七年ほど生活した北海道の自然と、それよりはずっと人の気配の濃いふるさとでもある千葉を詠んだ歌の数々とがおさめられている。そのコントラストが味わいのポイントではあるのだが、ここでは北海道の歌を引いてみよう。
千年ののちの明日までほの明かき雪夜なにゆゑわれら肉体もつ
透明な氷柱がひとを刺殺すといふ神話のやうな雪国の立春
雪が降り積もるという、自然の力をまざまざと見せつけられるとき、主人公の時間感覚はせいぜい数十年に過ぎないひとりの人間の時間軸から、「千年ののちの明日」まで容易に思いうかべてしまうような自然の時間軸へとうつっていく。そのとき、自分の肉体が存在すること自体不思議に思えてしまうほど人間という生き物がちっぽけに感じられる。あるいはその自然が人間を「刺殺」するというエピソード。日高が詠む北国の光景はしばしば人の身体に接続するかのような感触を示す。
さて、「もがきて」というたった一語で蝶の不安定な飛翔を言い表した掲出歌は、これだけを見れば北海道でも千葉でも、どこでも成立しそうなシチュエーションではある。たとえば都会の公園や、駅のホームで見かけた光景だと考えてみる。生活に疲れた都会人がふと見上げた先を飛ぶ蝶。われわれも羽さえ持っていれば、人間関係や社会の苦しさから逃れるために青空に向かって上へ上へと昇っていきたいと思うのかもしれない。が、一度飛び上がれば飛び続けなばならず、やはり「もがきて」というほどの苦しさはついて回る。蝶はその苦しさがわかっているのかいないのか、逡巡するように浮き沈み、蛇行しながらも、とにかく青空に向かってのぼっていくという選択しかとることができないらしい。
そうやってこの一首だけでもイメージはどんどん膨らむ一方、この歌が「風不死」という一連におさめられていることも忘れてはならない。風不死岳は標高1102メートル、北海道の千歳市に位置する急峻な山。掲出歌のひとつ前には、
風不死岳の風の尾くらき頂きをゲリラカイトのやうな蝶とぶ
という歌もある。ゲリラカイト(ゲイラカイト)は、スピードに乗って飛ぶ、もとはアメリカで考案された今やおなじみの三角形の凧。この一首と並べたとき、いっけん都会を舞台にしてもじゅうぶんに成立すると思われた掲出歌は、今度はまたちがった趣を見せ始める。蝶は眼下に大きな湖を臨む絶景のなかを飛び立って、もともと標高の高い場所から小さな浮き沈みはしながらも迷いなくさらにどんどん浮き上がっていく。こうなると個々の人間の人生を重ねるのは困難なくらいのスケールの大きさがこの一首には出てくる。この蝶も、青空へ登っていくことの苦しみを初めから迷いなく引き受けていたのではないか。
一本のポプラ植ゑにき大空を昇りゆけねば樹を植ゑにけり
樹上より見下す頭の小ささよ かつんときみにどんぐり落す
吹雪かむと凝縮しゆく空の輝鴉は黒くとがりて行けり
これらは「風不死」以外の連から。掲出歌で、頼るものがない孤独な生が「青空」に重ねられた一方、この三首目はわかりやすく荒天の空が鴉を待ち受ける。そこを蝶のようにもがきもせず、鴉はまっすぐに「黒くとがりて」突き進んでいく。蝶にしても、鴉にしても、羽や翼をもっているから、このような挑戦ができる。翼のない人間は樹を大きく育てなければというのが一・二首目。そうやっていよいよ空へ上がることができた人間が、地上の「きみ」にしたことはやっぱり人間的で、なんとも愛らしい。
