『バベル』吉村実紀恵
絶妙に、通りすがったことのあるような、うろ覚えのような記憶のぎりぎりのところに「アップルストア」の店構えが引っ掛かっている。スマホの修理のために何度か足は運んだが、いかにも昔からある親しみやすい日用品の一部ですという表情をしたスマホと同様に、その店舗も、斬新なようで、少し懐かしいレトロフューチャーな加減にデザインされている気がする。あるいは実際に結構な月日がたって、記憶に刷り込まれるうちになつかしさが加わってきたから、そのように感じるのか。そうした親しみやすさが、際立つ印象の角を少しずつ削って、誰にもある共通した記憶の一部のようにリンゴのマークをしっとりと溶け込ませている。
銀座の「銀」に対して「白」の取り合わせがまぶしい。宇宙船から地へ注ぐような、レトロな未来から来た光線が投げかけられている。銀座という場所は、ほかにも数えきれないほどの店舗が並んでいて、人も多いし、アップルストアの存在感はほとんど白い光線として浮かび上がる。揃いのユニフォームに身を包んだ親切なスタッフが、手にした薄い板を示しながら様々なことをやってくれる。世界中からやってきたたくさんの人がいて、たくさんの建物がある。
これは吉野に桜があるのと同じことである。ここで「色」と書いてあるのは、単に衣服や個性という意味合いにとどまらなくて、古語の複雑なニュアンスを含んでいると思われるしそのニュアンスに私は強く引きつけられている。心の複雑な起伏や折り返しや、外へ向かってむき出しに飛び出していく思いの丈のすべてが「みずからの色」であろうし、あらかじめ自覚される自我とも少し異なる気がする。聞き及ぶ「アップルストア」がピンボケの印象で必死に切なく思い起こされるのと対照的に、上から読み返すたびに「みずからの色」はそのまだらな模様をどんどん濃くする。ゆえに、その色など忘れたくなるほどに。
古くに歌枕の地を訪ねた人はどのくらいいたのだろうかと思う。ほとんどの人が行けない(行かない)から、わずかな文字や音声だけを頼りに言い伝えられて、それでもある時代のあるグループにことごとく通じる思い出のようにひっそりと、しかし共通した確実な輪郭を持って心の位置を占めていたのだろう。吉野の桜を本当に見る機会はとても限られるので、かなりの程度までは印象で補充されて、その結果、本当に見たかどうかの差は小さくなる。「アップルストア」へ行くのはかつての吉野に比べれば容易だが、同じ定型で繋がっている以上、後半から先はわりあい共通するのではなかろうか。「アップルストア」が歌枕であることに疑いがない。かつて歌枕の中に保たれていた輪郭の手触りを現代に体感できていることに、ほのかな驚き、すなわち喜びがある。
