中津 昌子


秋雨は芯まで雨だ むらさきの傘しばりつつ階段おりる

田中濯『地球光』(2010年)

 

 

夏の終わりごろには、もう暑い日はたくさん、早く秋になればいい、しっとりと落ち着いた日々を過ごしたい、と思う。
でも実際に秋が来て、しとしとと雨が続くような時には何ともいえない気分の日がある。
秋という季節に静かに豊かに包まれるのではなく、秋ならではの何かに浸食されるとでもいうような日。

 

―秋雨は芯まで雨だ

こう直感することは、誰にもは許されていない。
だが、ことばとなってあらわれ出たとき、ああ、その通りだと思う。
「芯まで雨」と表現されるときに味わう、秋雨の透明感、冷たさ、繊さ、硬さ、……。

「むらさき」が効果的で、この続きがらで読むと、色が淡く雨を照らすようだ。

そしてその雨に、自分の何かが、融け出してしまわないよう、「しばりつつ」の動作があるような感じを受ける。
「階段おりる」にも、この今の気分から脱け出そうとはせず、受け入れ、その気分へさらに降りていく気配を感じる。