『新しき丘』小暮政次
仕事をしているとき、ほかの人と関わっている自分の中に、もうひとつ別の芯のようなものが形作られる。その人はつたない手つきで粘土をこねたような顔立ちをしているが、そんなものでも抱えていないと、やっていられない日がある。小暮がそういう気持ちになったかどうかはしらないが、エレベーターホールにふいに訪れる沈黙の瞬間、人間はだれしも塑像のように見えないか。
『新しき丘』には昭和11(1936)年から昭和21(1946)年までの作品が収録されている。小暮政次は百貨店(日本橋三越)に勤務しながらアララギで活躍し、「短歌21世紀」を創刊。作品もなんとなく都会的な感じがする。
「顧客は常に正し」と教へられ此の店にいそしむ男女ら
周期の如くきざし来るいきどほりに事務のなかばに吾のすべなし
単調をわづか破りぬ贋札にあざむかれしと言ひ合ふのみに
換気悪しき事務室なかにありありて或る時はいたく多弁となりぬ
(「単調」より抜粋)
事務仕事の合間に周期的に怒っている、しかもなすすべなく、という手触りがなんとも口を出しづらい。贋札さわぎだけでその日の話題は持ちきりだったろうし(「わづか」「のみ」の反語的な大きさたるや)、仕事場で気づけば人間は消えて会話だけが主役になる感覚。バックヤードの換気は悪い。
短歌新聞社版の巻末解説(大河原惇行)に、柴生田稔の指摘が引いてある。「小暮君の作歌は常に時代と共に動き、『新しき丘』の作風は時代の観念を離れては理解出来ない性質のもの」、要は時代に関わらず自然発生するようなタイプの歌と、「頭で作る」タイプの歌(小暮はこちら)があるそうだ。「単調」の発表からはすでに八十年以上たっているが、この実感のあまりの変わらなさ、職場にある平常運転そのままのシーンは、柴生田の指摘にたいしてさらに別の観点があったということなのか、ないし都会には思うほど変化がないということなのか、よくわからなくなる(ちなみにこの連作の二年後に第二次大戦が開戦し、小暮も召集される)。
掲出歌は、百貨店のにぎわいの中にひとりの人がいる。湿気のこもる部屋に保管された書類はかび臭く、にぎわいを背にしてほっとするような、いらだつような感情をひとり嚙みしめている。この瞬間にこの人は勤労者だが、別の瞬間には無邪気なにぎわいの中にある。エレベーターで階を乗り換えるように、それぞれの瞬間はかんたんに交換可能であって、ただそれは諦念というよりも「待つ」の一語によって、この日はまだかすかに希望をそよがせているようだ。