『ファースト・フライト』曽川文昭
表題作にあたる連作「ファースト・フライト」では、新型飛行機の初飛行というとても貴重な場面が題材になっている。物珍しさもありながらこれはふしぎな謎のかけられた歌で目を引いた。
空けておくように、とされたのはいよいよ初飛行の日時が決まり、その瞬間を(遠方からでも)見届けよという意味であろう。この人も何かの形でかかわっているから連絡が来るわけだが「読み流したり」が一首に取り付けられた謎となって、歌のまとう風向きや方向を尾翼のように定めている。
十二月、クリスマスとも噂され初飛行の日は近づけるらし
と連作の冒頭で書かれるように、その瞬間は待ち望まれたものであるのか、しかもクリスマスなどしゃれてるなあ、と思えば「読み流したり」とメールはあっさり片づけられる。「初飛行近し」に込められるのは高揚感というよりも単なる事実である。この心のギャップがどこから出てくるかといえば、「空けておけ」という命令文のニュアンスによるものであろう。短歌に落とし込めば音数の都合上「空けておけ」と少々そっけない言い方となるが、実際にはそれよりか丁寧な文面だったはずである。案内とかアナウンスと呼ばれる、情報を知らせることが目的のメールだろう。それでもそこに何か小さな力学が働く。特に「発信」というごくみじかい単方向の表現。メールアドレスがときどき無機的な意味のない文字列に見えてしまうように、発信者の顔はこのとき磨りガラスでさえぎられており、不均衡をもたらす。反対に受信者の顔がモニタにまで反射して二重写しとなる。「初飛行」に対する自身の関心は、こうしたものも含めてさまざまな影響を受けながら、いまや何層かにぶれている。
また、「空けておけ」←「この日時を」と構成されるとき、なにか人生の自律的な時間の一部が抜けおちて、落とし穴みたいにどこかの空間へ落下してしまったような感じがする。「日時」というスロットが無数にあるとすれば、そのうち一つにnull(無や空)がセットされて、誰に悪気はなくても動かしようがなくなってしまう感じ。
そうして世界と自身との関係性が脳内でせわしなく組み替えられ続ける間、この人はさっくりとメールを読み流した。〈読み流す〉行為はほんらい無意識(無関心)に行われるはずだが、ここでは意識的に行われたためちょっとした乱気流となる。おそらくは照れもにじむだろうか。ときにはこんな風も吹きよせる。仕事の場面をいいながら、このときははにかみ加減に、何か別のことも言い当てようとしている。
朝礼で報告さるる初飛行齋藤さんもつと熱く語れよ
