これからも生きる予定のわたしたちは意味ないとこで笑ったりする

『友だちじゃなくなっていく』加藤千恵

「予定」という単語の選択に寒々としたものがあるのかなと思う。
「予定」とは自分でたてることもできるし、人と話し合って決めることも、一方的に押し付けられることもある。特に意識をしなければ、多くの場合自動的に人は生きるものだ。しいて言うなら「自然」とか「理」にあたるもので、そこにほんらいスケジュールされた「予定」はない。「生きる予定」をこのとき立てねばならないのは、「死ぬ予定」がかわるがわるに顔を出しそうになるからで、こちらの「予定」はぎりぎりのところで強く否定されている。「意味ないとこ」で笑うのは、生命はなぜ生命であるかという質問にはたどたどしくも〈生きているから〉という同語反復でしか答えられないため。もとより「意味ない」ため。吹きさらしの廊下越しに見る青空のような、風通しのよすぎる「意味なさ」を、このときはすでにとうに知り尽くしていた、それがいつしかまたわからなくなることまで知っていたという話。笑っているときは生きてて本当に楽しい。楽しかった。しかしそのぼんやりとした決意をどこまで信じられるかもわからない「わたしたち」がたしかにいたのである。

加藤千恵の短歌は、とある時期のとあるゾーンをすっぽりと囲い込んでしまうこと、〈あのころ〉の再現性において、なみはずれた精度があるように思う。なぜ、どのように精度が高いのかといえば、内容とか文意といったレイヤーと、表現された文体のレイヤーが狂いなく精密であるからだ。双方が互いに奉仕して、いずれかを台無しにするといったことがない。俗語に振れそうで振れず、どこからが「俗語」であるかは作者の中に強く意識的に制御されている。そういう意味においてコピーライティング的といえるだろう。うまくいえないけれど、ベッドでうつぶせに雑誌を読んでいた自分を背中からもう一度俯瞰してカメラで観るような、そうした冷静さを備えた再帰的な文体(たとえば生きることを「予定」と自ら名付けてしまうこと)で、それは歯止めの利かない心を一方どこか冷めた目で見ていたこととあまりにも重なるのである。結局のところ、そうとうに幅広い意味で〈雑誌〉の影響を強く受けながら生きていたことへの自覚が私自身を含めてもある。生きることの「意味なさ」もまた、何かの受け売りだったとも思うが、その自覚と無自覚の間で、いつも心の置き場所はなかった。

はじめからなかったのだと気がついた/必死になって探したあとで
笑っても泣いてもあたしはあたしだからせいぜい幸せになってやる
似合わない洋服を着て立っている/銅像にでもなりたい気分
なにもかもまやかしみたい/日曜日国立近代美術館にて
ありえないほどの怒りがふつふつとあたしの中でわきあがってた

作中に思いのほか具体物が少ないことに気が付くが、これも「意味なさ」を裏付けており、中身はどうだっていい気まぐれな空虚な胸をかきむしりたくなるような苛立ちを再現する結果となっている。洋服の色・デザインが気に食わないのではなく、自分にとって「似合わない」ことへの悲しみがある。そうはいっても「あたしはあたしだから」という自負の感覚はあって、強がりでもあり、逃げ場のなさを自ら口にすることで人工的な背水の陣の中でやっていくぞと言い聞かせてもいる。何に追い詰められていたのかも今となってはわからないが、

夏のせいにするからいいよ/説明も共有もできない悲しみを

〈あのころ〉に関しては、あぁはい誰にもわかんないね、まで書いて余すことなく全量である。

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