君が夢に出てきたことのおはじきにしたたる冬の朝の光は

千種創一『あやとり』

 

初句六音。この歌の破調は目に見えるところで言えばこの初句である。ただし、目に見えないところを考慮すれば二句目三句目のあいだにこそもっとも強力な破調の要因がある。「君が夢に出てきたことの」で一回息を堰き止めて、それから「おはじきに」へとふたたび息が流れていく、そうした読みかたがふさわしいように思う。表記に表れなかったこの静止こそ破調なのだという気がする。あえて一字空けにしていないのは、二句目と三句目のあいだで息を吸うわけではないからだろう。ブレスよりも弱く、動きを伴わない息の熄む感じがここにあって断絶か継続かのあやうい綱渡りが生まれている。この綱渡りのあやうさはすなわち君との関係にむかって反射する。具体は出さず何かしらの障壁がある空気だけをこちらに渡しながら、「おはじき」で文字通りはじけるような、しかし静かな勢いをもって歌は進んでいくのである。「したたる」のタタンとしたひびきも「冬の朝の光は」の名詞助詞の小刻みなアップダウンもこの一首においては静謐さのなかにしっかりとした動きを伴った語句として表れているだろう。

おはじき。念のため画像検索をしておはじきを見ていた。ひらたくて丸い透明のなかにそれぞれの色彩が走っている。その色彩は直接指で触れることもできそうだけれど、指を当てたときには色彩に触れているのか透明に触れているのかおそらくわからなくなる。冬の朝陽によって十分に透きとおったおはじきであればなおさら、色彩の近さと遠さはコントラストを強くしてひとつずつのおはじきのなかにある。おはじきはもしかしたらひと粒なのかもしれないが、ひと粒と限定されていない限り読み手の脳裡に浮かぶのはいくつもの色とりどりのおはじきではないだろうか。一瞬で脳裡に差し込んださまざまな色合いは捉えどころがない。赤や青や緑や水色がランダムに散らばっている。ましてや一首のピントはおはじきというよりかは冬の朝の光に合っていて、その色彩を捉えることはよっぽどむずかしい。あるのに届かない。届かないけれどそこにある。そして届かなさだけが映し出すことのできる色彩を見ている。君と夢と光とおはじきにもはやほとんど区別はなく、触れられそうで触れられないことを本質とした多面体がひとつできあがっている。

 

電磁波に鮭あたためる、火に似せた暖光のなか鮭は回って

 

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