小工場に酸素溶接のひらめき立ち砂町四十町しじつちやう夜ならむとす

土屋文明『山谷集』

 

齋藤茂吉をベートーヴェンとするならば、佐藤佐太郎はシューベルトであり、土屋文明はハイドンということになる。ざっくりとしたイメージ遊びということだけれど、それにしても文明には何かしらハイドン感があるような気がする。ぎゅっとした重心があるわけではなく、重心が均等にバランスされているような、そういうイメージをもっている。掲出歌は文明の代表作のひとつと言っても反対する人のいない作品だろう。「小工場に酸素溶接のひらめき立ち」は小さい+工場、酸素+溶接、ひらめく+立つと複合された言葉が三つつなげられている。せっかくなのでつづけて音楽のイメージで言えばドレミレドを基本形としたとき「小工場に」はドレミファミレドだと思う。七音の破調だけれどさいごの助詞「に」でいったん収束する。「酸素溶接の」はドレミファソラソファミくらいの感じである。「の」は連体修飾格で収束するように見せて実際には主格の「の」となり「ひらめき立ち」へと続いていく。そして「ひらめき立ち」は先のドレミファソラソファミから盛り返してファソラシドレミファへと昇っていく。要するにこの上句にはこまかく見れば字余りによる押しだしと助詞による引き戻しがあって、一句目より二句目のほうが引き戻しが弱まり、そのきびきびとした押し引きのあと三句目で一気に押し出されていく動きが文句なしに良いのである。「ひらめき立ち」が「ひらめきて」だったら、また助詞の引き戻しにあってしまう。ここで引き戻されると「砂町四十町」や「夜」に上句のうごめきの生命感覚のスパークが乗っかっていかない。「ひらめき立ち」で意味としても言葉の動きとしてもスパークしているから、「砂町四十町」や「夜」に言いようのない脈動、せわしなく、かつきびきびとした営みの匂いが伴ってくるのであると思う。

砂町四十町は今の江東区東砂六~八丁目あたりを指す地名だったようで、地図で見ると荒川沿いの河口に近い。四十町の由来はだいたい四十町歩(約40ヘクタール)の広さだったかららしい。日中にはそれほど感じられなかっただろう溶接光のひらめき立つさまがスイッチとなって、感覚の焦点が日中の気配から夜の気配へと移動する。夜の気配へ焦点が移される瞬間の、小工場からふと空のほうに視線を上げるニュアンス。茫漠たる空の、茫漠たる夜のうちに「砂町四十町」がところどころに溶接光をほとばしらせながら横たわりそこへ暗闇の重みが少しずつのしかかっていく。何度でも味わえる一首である。

 

夕日落つる葛西かさいの橋に到りつき返り見ぬ靄の中にとどろく東京を

 

 

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