『ネフスキイ』岡井隆
十二月の歌である。引用したいときにさっと時候や歳時記のインデックスに結び付けることができるのが、岡井の後期の創作スタイルとして強いところだと思い、批評というカウンターを念頭に置いた七つ道具的な側面の一つだと感じる。
勤勉には二つの面があるのだろう。どんなに極寒の日であっても毎朝の修行を欠かさないといった場合、それは勤勉というあり方であり、しかも苦痛を伴う。しかしながら、その修行によりある種のリターンがあるとしたら、そこには期待もまた伴っている。このように苦痛と期待とを分かちがたく結びつけた戦略は、ほかにあるのだろうか。また修行のようにある程度能動的に行われるもののほか、生きていると自力では避けられない苦痛をいくつも見出すことができる。ただ、そうした苦痛をも、「勤勉」という論法によって期待値との両替につなげることができるのかもしれない。それこそが「勤勉」のもたらす本当のパワーであったのかもしれない。
「勤勉」という態度は意識して捨てることができるのだろうか。水は低きに流れるように、意識して勤勉であろうとすることはあっても、たいていは自然と勤勉でなくなっていることがほとんどである。下句を先取りするとすれば、「夕ばえにこそ幸がある」といっているのはそのデイリーな繰り返しが勤勉であるといっているのか、反対に自分の力でなく外的に自然に訪れるものに身をゆだねることは勤勉でないがそれでいいといっているのか、よくわからない。ただ「夕ばえ」のあまりある自然さは、うっすらとした居心地の悪さも与えているような気がする。きわめて理性的に勤勉である(裏を返すと、理性を損なえば勤勉ではなくなる)というほかに、どうしようもなく、身体にしみついて剝がれない習慣というものがある。究極的にはインプットとアウトプットで説明しきれない層が積み重なっている。それが人間である、ということに大半の人が同意するのだとしたら、もう人間は、どこまでも溶けだすようなまっすぐな夕ばえの世界とは、一体でいられない。
よくわからない両論的な振る舞いが岡井の面白さや難解さだと長く言い伝えられてはいるが、今に至ってはそうした歌を背中側から見ることがもう当たり前になっているだろう。岡井と出会った時には私には人生や自分と呼ぶべきものがあまりなかったが、現在に対して、その人は少しずつ相対化されている。それは先行する時代のアキレス腱ではあるだろうし、文芸の帯びた、かけがえのない宿命だとも思う。今になって言い出すのは良くないと思いつつ、今、言いたくなったので。
