かめにさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり

正岡子規『子規歌集』

明治34年の歌を引いた。仰向けに寝ながら左を見ると机の上に藤の花が活けてあった、と詞書にあるように、脊椎カリエスで起き上がることのできない晩年の子規の歌である。病に臥している子規にとって、かつてのように海や山を見ることはできず、いま目に見えるものは藤の花だけだった、と読むことができる(斎藤茂吉「短歌に於ける写生の説」)。

ただ、それは作歌の状況の把握であって、歌の鑑賞にあたっては前置きでしかない。歌の外部にある作者の物語が、悲劇の演出の道具として歌に使われている感じがする。

いま、もう一度この歌を一つの作品として読む。

瓶にさす藤の花ぶさみじかければ/たたみの上にとどかざりけり

三句と四句の間には小さな亀裂がある。さらりと読むと意識が途切れそうになる。ここでぐっと力を入れて集中力を上げないと、この亀裂を超えることができない。
現代語にすると、「瓶に活けてある藤の花房が短いので、畳の上には届かないのだなぁ」という感じだろうか。

そもそも「短いので、届かない」はなんだかおかしい。活けた花が畳に届かないのは当たり前だ。藤の花が垂れているのも当たり前だ。子規は、ただ目の前にある当たり前の様子の集合体がなす光景を見て、「もし藤の花房が畳に届いていたなら」と仮定した上で、「まぁ短いから届かないか」と想像する。

仮定しているだけで、景色は想像していない。

現実の瓶や藤の花を見てはいるが、その藤の花が長くなった様子を想像しているわけではない。生花に合うように短く切られた花房なのだろうな、と想像するでもなく、景色のない仮定の話を子規は考えている。「短いので、届かない」と言いながら「もしも長かったら」と考えている。「三句と四句の間には小さな亀裂がある」と書いたが、その原因は確定(〜ので)と仮定(〜なら)の両方の意識が「ば」にあるからだと思う。

この歌を叙景や写生で語ろうとすると、藤の花房と畳の空間の構成や子規の視点の低さに注目して、「寝たままの低い視点だから花房が届かないことに気づいた」といった、味気ない鑑賞に陥ってしまう。

たしかに歌が切り取っているのは、藤の花と畳の間の〈何もない空間〉であり、その切り取り方はいま読んでも新しく、おもしろい。茂吉が写生の歌として取り上げたのもわかる。ただ、茂吉の読み筋では、三句末の「ば」による意識の亀裂を越えられない。だから茂吉は、病床の子規に悲劇の役回りを与えて、藤の花房を見る必然性を大げさに読み取り、大股で「ば」を越えて自分の読みたい読み方に寄せている。

同じ連作の他の歌に、かめにさす藤の花ぶさ一ふさはかさねしふみの上に垂れたり〉がある。机の上に花瓶が置かれ、山積みになった手紙の上に一本の藤の花が垂れている。子規が実際に見ていた花瓶には、何本かの藤の花があるようだ。「とどかざりけり」と比べると、「書の上に垂れたり」はかなり落ち着いたトーンで、近くから見ている感じもする。ほんのりと藤の花の甘い匂いがしてこないか。

「とどかざりけり」の真にユニークな点は、のちに弟子たちが思想化した、景を写しとる意味での「写生」や「実相観入」ではなく、〈何もない空間〉に「もし花房が畳に届いたら」という想像を持ち込み、なんでもない日常の構造を破綻させようとするユーモアにあると思う。

藤の花の連作には次のような左注が添えてある。

おだやかならぬふしもありがちながら病のひまの筆のすさみは日頃まれなる心やりなりけり。をかしき春の一夜や。(四月二十)

「春」「一夜」「をかしき」という語彙は、茂吉が見ようとした悲劇性とは遠い古典的な軽さに寄っている。この連作は病床の記録や写生の実験というより、病のひまにふと気がゆるみ、目の前の藤を見ながら取りとめもないことを考えた時間の痕跡にとどめようとしたのではないか。

だから「とどかざりけり」の詠嘆には、悲痛な感じがしない。悲痛ではないが「とどかざりけり」は、畳に届いたかもしれない可能性、ほかの花房が見せたかもしれないパラレルな現実が失われてしまった現在を、どこか嘲笑うようなモダリティ(心的態度)を感じ取れる。玉城徹が『近代短歌の様式』で「とぼけた感じ」がすると言ったのもわかる。

歌は日常を一段上の意識から見ている。子規は仮定の中で藤の花房を畳に触れさせることで、〈何もない空間〉を認識する。丸善に置かれる檸檬が日常の構造に小さな楔を打つアイテムとしてのユーモアが、藤の花房にあるような気がしている。

あの青い電車にもしもぶつかればはね飛ばされたりするんだろうな
/永井佑

同じように「ば」と結句に長い詠嘆をもつ現代の歌として、永井佑の歌はどうだろう。永井の「ば」は確定ではなく、仮定の「もしも+ば」なので、まったく同じとは言えないが、ぶつかれば跳ね飛ばされるだろうと読者に〈当然〉を感じさせる点では、子規と同じである。

大きく違うのは、子規が作歌の時間を「今」の起点にして、歌の外部から過去を客観的に振り返りながら「継続している時間」を見ている点である。一方、永井の歌には「今」の起点となるべき作歌の時間、すなわち歌の外部の時間系がなく、ただ現在の認識しかない。

そうすると、短歌の形式を意識している主体は誰なのか、という疑問が起こるはずだが、この歌は自然な話し言葉だけで作られている(ように見える)ため、その疑問は立ち上がらない。

永井の歌は、テクストを表面的に見ればユーモアの歌と読めるかもしれないが、私は恐ろしく感じてしまう。メタ的な時間認識がないため、主体の「今」に読者が完全に取り込まれ、歌の外への逃げ場がなくなる。歌う余裕がなくなるのだ。短歌の形式が、たんなる追体験の装置として機能している。ここが決定的に異なる。

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