黒瀬 珂瀾


列なりて入国審査待つ人らこの国の外にはみ出しながら

香川ヒサ『perspective』

長々と列を作り、入国審査を待つ人々。機内から一歩足を踏み出せば、異国に到着した気分になるけれど、なるほど言われてみれば、審査を通過するまで、現実的には入国したことにならないわけだ。つまり人々は、国の境界線の外にはみ出しながら、自分の順番を待ち続ける。

だとしたらその時、彼らは一体どこにいることになるのか。飛行機を降りてから入国審査までの空間は、どこの「国」なのだろう。もちろん、その国の土地に変わりはない。だが、承認を得られない存在の有り様は、思ったよりも不安定で、心細いものだ。

というわけで僕は先週、アイルランドに入国しました。移民問題など色々と原因があって、EU諸国ではどうも最近、入国審査が厳しいらしい。「滞在期間が長いと厳しい」「質問には色々トラップがある」と散々脅されていたので、ホテルの予約表、イギリスに戻る航空券の予約表、旅程表はもちろん、貯金残高の英文証明等々を揃え、想定問答集まで用意して入国に臨んだのだけど……。VISA見せたらぶっ通しでした。あれれ。

とまあこういう場合もあるが、かなり厳しく追及され、泣き出してしまった日本人の女の子の話も聞いた。いかんせん未入国状態は、己の存在が承認されないという恐怖を呼ぶ。ある意味、私たちの生そのものが、死後の国への未入国状態を続けているのかもしれない。私たちは常にどこかの国にいながら実は、どこかの「国」からはみ出しつつ生きている。

二十一世紀の光にダブリンのスカイラインをなし美術館

石だらけの地に立つ石の修道院 観念だけが生まれるところ

ダブリンにジェイムス・ジョイス像立てりジョイスの帰らなかつた街に

国民国家アイルランドの始まりに石一つ在り墓標のごとく

本歌集『perspective』には、アイルランドを訪れた折の歌も収められている。はみ出すさまを自覚することは、常識を一歩はみ出した視線を持つことに繋がる。「国」をはみ出し続けたジョイスのブロンズ像の前で、そういう思いが湧いた。