澤村 斉美


春の陽に百人午睡する電車ピンキンピンジン海を横切る

 東直子『十階』(2010年)

春の電車は眠い。うらうらと春の陽に温められる電車で、百人が午睡しているという。百人というと、だいたい一車両まるごとぐらいの人数か。うたたねや居眠りではなく「午睡」だから、ぐっすりと眠りこんでいる様子だ。その中で一人、目が覚めている。電車は海を渡る橋を行く。第3句の「ピンキンピンジン」は何だろう。私はオノマトペとして読んだ。鉄路を鳴らす電車の規則正しい音を思う。海に架かった橋の上なので、独特の響きをしそうだ。ピン、キン、ピン、ジンと、金属の音を思わせながらどこか優しい。春の陽のなか、ほかの人が眠っている静かな空間で、一人、海を渡る電車の音に耳を澄ます。現実と非現実の間にあるような、白昼の不思議なひとときである。

 

『十階』から、音が生きている歌をもう1首。

  ひとつきりの身体を濡らし走り抜きコンリンザイが胸に鳴りだす

「コンリンザイ」は「金輪際」で、たいてい否定の言葉で受けて、「断じて~しない」という意味になる。この歌では、「コンリンザイ」が「鳴りだす」と鐘か何か音を出すもののように扱っているところが面白い。何か必死に走らねばならない事態があったのか。汗なのか雨なのか、全身を濡らして走り抜いた。その後に「金輪際こんなことはするまい」と強く思った。「コンリンザイ」が「鳴りだす」という表現で、「断じて~しない」という否定の心の強さが、「いやだ」とめいっぱい念じる気持ちがみごとに出ている。しかし一方で、「コンリンザイ」という片仮名書きの軽やかさのせいか、走り抜いたことを「もういやだ」と言いながらも明るく受けとめている感じもする。背反する二つの思いを引き出す「コンリンザイ」だ。