澤村 斉美


月光の夜ふけをつんと雪に立つ蓬(よもぎ)のこゑを聴きし者なし

柏崎驍二『百たびの雪』(2010年)

一読すると、雪の積もった野、あるいは道端や畔などに伸びた蓬が1本立っている景色が思い浮かぶような気がする。しかし、どうだろう。蓬は、春には地を這うように新しい葉を広げる。よい香りのする葉を摘んで草もちにしたりする。夏から秋にかけては葉がかたくなり、茎も高く伸びるが、冬には枯れてしまい、見かけることはない。となると、この歌の「つんと雪に立つ」はどう読めばよいのだろう。雪の降るころには通常背の高い蓬は見かけないので、雪の野に蓬が立っている実景はそぐわない。ここは、「蓬のこゑ」が「つんと立つ」と読もう。「音が立つ」と同じ用法の「立つ」である。

 

雪の積もったところをしろじろと月光が照らす夜ふけ。作者は、春になれば雪がとけて地面に現れるはずの蓬を想像し、蓬の気配を「こゑ」という。「こゑ」は、「つんと立つ」のだが、「つんと」が若い葉のみずみずしさと清い香りを思わせる。そこまでリアルに蓬を描きながら、その「こゑ」を「聴きし者なし」といい、作者が蓬を幻視していることが分かる。月光に照らされ真白な雪の野に思う蓬のなんとうつくしいことか。視覚的にうったえるのではなく、雪の世界に予感される遠い春の蓬の生命力と香りが、読者の五感をくすぐる。