君思ひ窓によりつつ牛乳(ちゝ)を飲むうすあたたかき日光を吸ふ

前田夕暮『収穫』(1910年)

明治43(1910)年3月、前田夕暮は第一歌集『収穫』を出版する。5月には栢野繁子と結婚する。夕暮28歳のころのことだ。掲出歌は、この年の1月ごろの作と考えられるようだ。

 

『収穫』には青年の恋愛を丹念に詠った歌が多く収められ、直截に思いを述べた歌も数多い。その中で掲出歌は、思いを述べるというよりも、「君」を思う青年像を日常の一風景として描いている点で目を引く。窓辺で牛乳をのむというなにげない行為と、「君」を思うという心の動きの融合が、当時の歌としては新鮮だ。牛乳が窓辺の「うすあたたかき日光」を浴びており、その明るさ、温みとともに牛乳をのむ心地が伝わってくる。

 

牛乳を飲む習慣は、明治時代になってから一般に広まった。牛乳は「ハイカラ」な飲み物であり、短歌のモチーフとしても珍しい。明治の半ば以降はガラス壜で販売されるようになり、90ミリリットルの壜もあったというから、夕暮の歌でも壜を手にしている様子を想定するといいかもしれない。光のなかの牛乳の質感が生きるだろう。牛乳というモチーフの新鮮さもさりながら、気分を日常にさりげなく溶かしこんで一人の人の姿を見せるという詠い方は現代短歌にも多く、非常に親しみやすい1首であると感じた。

 

牛乳の歌としては、夕暮の同じ歌集に

  風暗き都会の冬は来りけり帰りて牛乳(ちゝ)のつめたきを飲む

がある。こちらはつめたい牛乳。「つめたき牛乳」ではなく、「牛乳のつめたき」として、つめたさを主眼としたところに、都会の冬の空気を感じとってきた心理が重ねられていよう。

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