遠くに立っていただいたのはよく視たいからだったのに しずかな径で

小林久美子『恋愛譜』(2002年)

誰かに遠くに立って「いただいた」。ここは、自分の立つ位置から遠いところに立ってもらった、と読んだ。「いただいた」という謙譲語から、相手を大切に思っていることが伝わってくる。「よく視たいから」から、その人のことをよく視たい、知りたいという気持ちを持っていることが分かる。「よく視る」とは、つぶさに見るということではなく、遠くからその人のたたずまいを見るという感じだろうか。あらゆる距離、あらゆる角度、あらゆる状況でその人を見たいと思う気持ちは、恋か愛だろう。

 

ところが、どうもその意図、気持ちは相手にすんなりとは伝わらなかったらしい。口語の「のに」から、「しずかな径」で淡い失意を覚えている人が思い浮かぶ。

 

実は、この歌は状況がはっきりとは分からない。唯一「しずかな径で」が場所の手がかりとなり、公園の散策路や並木道で2人の人が歩いている場面を私は思い浮かべた。おそらく場面はそれぐらいが分かればいい。上句の「いただいた」や「のに」が豊かに伝える2人の関係性が読みどころだと思うのだ。遠くに立ってもらったその意図や思いが相手にうまく伝わらなくてさびしく思った、という上句そのものが、恋愛のさまざまな場面で起こる心理の喩として読める。

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