江戸 雪


この夜更(よふけ)さくらさくらを歌ひなばいかなる腕にわれ抱(いだ)かれむ

水原紫苑『びあんか』(1990年)

「さくらさくら」は日本の伝統的なあの桜の歌だろう。
春寒の夜ふかく、「さ、く、ら、さ、く、ら」と、ぽつりぽつり歌う。
しずけさのなかにひびく歌声。歌いながら、五感が覚醒していく。
それと同時に誰かを呼んでいるこころもちになったり、あるいは、誰かここに来てくれる約束があるような錯覚におちいる。

待っている腕がある。
大きく力強い腕か。それとも繊細でやわらかい力に抱かれるのか。
待っているはずなのに、下の句には、やってくることはない腕を待っているような孤独感がある。そのぎりぎりに張りつめた空間。

つまり、「いかなる腕に」と問いながら、その「腕」はもうすでに輪郭を持っているのだ。
しかし、それは夢で知った「腕」。待っている「腕」は夢にしか存在しない。

だが、のぞみは涸れることはない、ともおもう。いつか、虹のような偶然や、やけつくような強い気持ちによって、夢の「腕」に逢えたわれはうっとり抱かれるかもしれない。
それがたとえ桜のようにはかない存在であってもかまわない。