魚村 晋太郎


ハルウララ敗れることが義務であるごとく走りき泥濘の馬場

村田馨『疾風の囁き』(2009年)

俳句では競馬といえば夏の季語。
もともとは5月5日に京都の上賀茂神社で行われる競馬(くらべうま)の神事を指した。
競馬場で行われる競馬は季語として認めていない歳時記も多いが、5月に行われる日本ダービーなどを意識して、これも含めて季語としている例もある。

ハルウララは高知の地方競馬に出ていた競走馬で、引退までに113連敗した。
負けても負けても懸命に走り続ける「負け組の星」として2003年ころブームを呼んだ。
「当たらない」に引っ掛けて、単勝馬券を交通安全のお守りにする人もいたという。
勝ち組・負け組という語の流行しはじめた世相や、覚えやすくて明るい感じのする馬の名前も手伝ってのことだが、一度も勝たずに負けつづけた馬が脚光をあびたのは後にも先にも例のないことだった。

作者は乗馬をする人で、歌集には、乗馬や流鏑馬を詠った颯爽とした歌や、馬の死を見つめる痛切な歌もある。
ハルウララの一首には、馬の気持ちを無視したブームへの作者の批判が前提にあるだろう。

敗れることがわかっていても走らなくてはならない。そして、その運命はハルウララだけに訪れるものではなく、誰の人生にも訪れる可能性がある。
作者は見ているのではなく、思い出しているのだ。
「き」という回想の助動詞と、「泥濘」の語に、ブームへの批判にとどまらない、運命への共感と、その運命をうけとめる覚悟のようなものが感じられる。