恋ふは乞ふましろの梨の花のもと雨乞ふ巫女か白く佇ちたる

大沢優子『漂ふ椅子』(2008年)

梨の花は、晩春、青葉のひろがるころに白い五弁の花をつける。
同じバラ科の桜の花より、ひとまわりかふたまわり大きいが、白い花は清楚ですこしさびしげな印象がある。
果樹園で棚作りにしてあるところでは、ときならぬ雪がつもったようにも見える。

人を恋うことは、乞うことだ。
初句は短く、端的な箴言である。
恋う、と、乞うは、文語では活用が違うから、同語源ではないようだが、恋う気持ちに乞う気持ちをかさねてくみとったのは、作者だけではないだろう。
梨の真っ白な花のしたで、雨乞いの祈りをささげる古代の女の姿を、その箴言にかさねたところにこそ、作者の恋愛観があらわれている。

一首は「鳥のことば解く人とほくエトルリアの鳥占ひ師は壁画より出づ」ではじまる巻頭の連作のなかにある。
エトルリアは今のイタリア、トスカーナ地方に紀元前に栄えた文明。そこにはかつて鳥の飛行をみて吉凶を占う鳥占い師がいて、「鳥占い師の墓」呼ばれる壁画が残されている。

一首は同様の壁画に触発されたものなのか、壁画を入り口にして、作者が踏み込んだ幻想の世界で出会った風景なのか。
いずれにしても、梨の花の白さや、白く佇ちたる、という表現は作者独自の発見、或いは創作だろう。
つよく、そしてつつましく、切に希求する者への、共感とあこがれがこめられている。
真っ白な花の向こうに、古代の巫女が見た空の青さまでが読者の目に浮かぶようだ。

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