澤村 斉美


放射能も蚊取り線香で落ちちやえばいいのにね いいだらうね

小林真代  塔短歌会・東北『99日目 東日本大震災ののちに』(2011年)より

作者は福島県いわき市在住。福島第1原発から約40キロの町に暮らす。

 

蚊が落ちるのと同じように、蚊取り線香の煙で放射能が落ちてしまえばいいのに、と言う。それを受けて、もしそうならいいだろうね、と応答がある。「放射能が落ちる」が具体的にどういうことなのかは分からないが、原発事故の影響で日常生活に入り込んで自分たちに不安をまとわりつかせる放射線が、きれいさっぱり簡単になくなってしまえばいいのに、ということだろう。やり場のない気持ちが思わず突飛な発想として飛び出たのだ。「落ちちやえばいいのにね」という軽い口調から、かえって、放射能をまっすぐに憎む気持ちが伝わってくる。第4句は「いいのにね」と5音で2音足りない。この無音の2音があまりにも深い。深い沈黙がどうしようもなさを伝える。沈黙を経て結句に至り、応答者は「いいだらうね」と静かに、第4句までで投げ出されたやり場のないにくしみを受け止める。この歌は、ひょっとすると、子供と大人の会話から生まれたのかもしれない。子供が思わず漏らした言葉について、結句はその痛みを共有し、包み込み、受けとめる。結句も6音で1音足りないが、この無音の1音は絶句のように感じられた。

 

東北沖で巨大地震が発生した99日目の6月18日土曜日、塔短歌会の東北在住、または東北に関わりのある会員の一部が秋田市に集い、「震災復興歌会」をもった。『99日目』は、そこに集った16人が震災をテーマに歌を詠み、エッセイを寄せて出版したものだ。寄稿者の一人で、福島県須賀川市在住の佐藤陽介は書く。

(以下、引用)

  地震も津波も原発事故も、そのうちに起こるといふことは知つてゐたので、テレビで映像を少し見て、頭では理解したし、体も、ボランティアの登録に行ったり、友達に水を届けたりなどしてゐたのですが、心は、未だに何もわかつてゐない気がします。
  紗の帷が切つて落とされたやうに、くつきりとした景色が心の外に開けてゐるのに、手が届きません。一人一人が全く違ふ状況にゐること。死に理由が無いこと。時間の残酷さ。長く会つてゐない友人からメールが届いたこと…、などに。うたは、それらを抱き包む体温のやうななにかなのだと思ひます。 (筆者注:「なにか」に傍点)

(以上、引用)

 

最後の一文で、佐藤が短歌のなんらかの姿を見いだしかけていることに、励まされる。ここからどんな歌が生まれてくるのだろう。これからも言葉にし続けてほしいと思う。読み続けたいと私は思う。