はるばるとよさの湊の霧はれて月に吹き越す稲のうら風

細川幽斎『衆妙集』

『衆妙集』は、室町幕府13代将軍足利義輝、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕えた武将・細川幽斎(1534~1610年)の家集である。幽斎については、私の住む京都府長岡京市を治めていた時期があり、また京都の宮津城を居城にしていたこともあり、私はわりと親しみを感じている。歌人としては、三条西実枝から古今伝授を受け、二条派の歌学を継承した。天皇家に古今伝授を行い、公家にも門人がいた。関ヶ原の戦いの直前、幽斎は丹後の田辺城に籠城したが、古今伝授が途絶えることを恐れた後陽成天皇の勅命により、城の包囲が解かれたのは有名な逸話だ。

 

さて、ここ数日、月の美しい夜が続いている。日中の残暑は厳しいが、月夜の景色はすでに秋そのもので、風が気持ちいい。掲出歌の「よさの湊」は「与謝の湊」である。現在の京都府宮津市、天橋立のある辺りだ。そのよさの湊の霧がはるばると遠くまで晴れてゆき、月が現れた。その月にまで、稲を渡る風が吹きつけている、という歌意になる。簡明な叙景に、すがすがしささえ感じる。

 

「与謝の湊」は「与謝の海」「与謝の浦」という形でも表れ、丹後の歌枕として詠まれてきた。また、『三省堂 名歌名句辞典』によれば、「月に吹き越す」「いねのうら風」にはそれぞれ先例があり、

 

  すまの浦や関の戸かけてたつ浪を月に吹きこす秋の塩かぜ  藤原為氏

  わかめ刈るよさの入海かすみぬとあまには告げよいねのうら風  鴨長明

 

といった歌が挙げられている。先例を踏まえつつも、幽斎の「月に吹き越す稲のうら風」はなんて斬新なのだろう。風が渡り、稲のまっすぐな葉群がうねる。その風が月へと吹きつける。まっすぐで細長い稲の葉の群れがいっせいに明るい月の方向へなびく景色が思い浮かぶ。月夜の澄んだ明るさと、清い風を感じさせてくれる1首だ。

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