ウオッカといふ牝馬快走その夜のわたしの肌のやすらかな冷え

梅内美華子『エクウス』(2011年)

エクウス(Equus)はラテン語で「馬」。馬を題名とする、作者の第五歌集からの1首だ。

 

日本中央競馬会(JRA)のデータファイルによれば、ウオッカは北海道生まれの競走馬。2006年10月にデビュー、活躍し、2010年3月に現役を引退した。牝馬ながら、牡馬と互角かそれ以上に渡り合った人気馬であった。現在はアイルランドで繁殖牝馬になっているという。競走馬の名前はいずれも洒落が込められていたり、遊びがあったり、時に詩的であったりもして、想像をかきたてられるものだ。この馬がなぜ「ウオッカ」と名付けられたのかは知らないが、極寒の土地ロシアをふるさととするスピリッツの名をいただく牝馬は、強烈ながらしなやかな身をもって、純粋に、目の覚めるような走りをしたのではないか、と想像する。

 

作者は、ウオッカの走りを目にしたのか、あるいはニュースなどでウオッカの勝利を耳にしたのか。いずれにせよ、ウオッカに心寄せをしているのである。上句のリズムが「牝馬快走」とまさに端的で快い。第三句からの展開が面白い。ウオッカが快走した夜の自分の肌がやすらかに冷えているというのである。まるで、作者自身が馬となって走った後であるかのような、快く汗をかいた後の充実した冷えを感じているのである。それほどに心を寄せるところに、ウオッカのように走りたい、つまり「そんなふうに生きたい」という憧れもにじむ。歌の背後に、生のイメージをかすかに読みとっておきたい。

 

歌集題に違わず、馬がさまざまに詠われている一方で、次のような歌にも着目したい。

 

  根の国に持つてゆけない原発の永遠に残るみぎはに錆びて

  盂蘭盆も家もまぼろしとなる日来るそれまで灯すらふそくの数

 

1首目は原発を詠う。根の国、つまり現世とは別の死の国をいう日本古来の言葉を用いて、原発の異様さを詠う。2首目は「盂蘭盆」という日本に根付いていた行事と、それを行う日本独特の「家」の文化が滅びつつあることを詠う。日本の風土と文化へのまなざしが低音として鳴り響いている歌集でもある。

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