雪底に押しつぶされし根の怒りある朝噴きて水仙となる

日高堯子『野の扉』(1988)

 

一面の雪を突き破るように、ある朝、水仙が花を咲かせた。ようやく訪れた春の兆しを、「喜び」ではなく「怒り」の噴出として捉えているところに、長く辛い冬を過ごしてきた人の実感が込められている。深い雪に押しつぶされ、耐えに耐えてきた根が、ついに怒りを爆発させたとき、そのエネルギーが水仙のかたちとなって表れたのである(しかし、何と美しい怒りだろう)。

真っ直ぐに立つ水仙の姿には、どこか男性的なエロスが漂う。そういえば、ギリシア神話で水仙になってしまったのも、少女ではなく少年だった。

 

  裂きてみし球根二つの芽を抱きはにかむごとく蜜をこぼせり

 

歌集で隣に並べられているこの歌もやはり春の予感を感じさせるが、こちらはどちらかといえば女性的(そして、大変色っぽい)。

 

日高堯子はこの頃、故郷である千葉から北海道に引っ越し、7年ほど暮らしている。

 

  蜻蛉洲(あきつしま) 古代の地図にあらざりし北海道にきらきらと住む

  雪籠る いづくの家も幸せの重みに似たる根雪背負ひて

  雪国の冬期はながくあかあかと絵本の中の悪魔育ちぬ

  透明な氷柱がひとを刺殺すといふ神話のやうな雪国の立春(はる)

 

北国の暮らしを知らなかった日高にとって、北海道の冬は、決して生易しいものではなかったらしい。「幸せの重み」や「絵本の中の悪魔」は、暖かい室内に籠っていなくてはならない日々の鬱屈感を反映している。

もっとも、外から訪れたからこそ生き生きと映る景色もある。氷柱は気温が上がってきた頃に落ちやすくなるというが、氷柱による事故を「神話のやう」だと捉える視線は、思いがけず〈異界〉に触れた、新鮮な驚きに満ちているようだ。

 

編集部より:『日高堯子歌集』(『野の扉』を全篇収録)はこちら↓

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